日本一巡~晴行雨読~ 利尻富士から歩いて薩摩富士へ
第4日
 戦場ヶ原・華厳の滝・阿世潟峠
 2015年08月19日(水)
 photos


第3日 << | 全行程 | 栃木県 | samrai web! | >> 第5日

(1)戦場ヶ原から華厳の滝
 初めての尾瀬・奥鬼怒行を堪能してから中2週、盆休み翌週の水曜日、日帰りの予定を立てた。前回案外と歩けたので、戦場ヶ原から華厳の滝に向かい次の目的地である足尾までその日のうちに足を延ばすというやや強引な計画を立てた。もちろん起点は光徳入口バス停である。7月と同じ快速電車に乗る。前回は会津田島行きの車輌に乗ったが、今回は東武日光行きの車輌である。前回は日曜日であり、もう少し混雑していた印象があった。今回は二回目であることで気持ちに余裕があるせいかもしれない。
 湯元温泉行きのバスの始発はJR日光駅である。市街地上の駅配置の都合であろう。少し時間があるので東武日光駅からJR日光駅まで1区間分歩く。JR日光駅では小学生の団体と外国人のグループで満席に近くなる。歩いてきてよかった。東武日光駅からも当然のように客が乗り、観光バス形式の室内なので旅馴れた外国人が補助イスを引き出して使用する。他の外国人もそれに倣う。これから訪れる予定の神橋を横目で見、古河電工の企業城下町を抜け、しばらく大谷川に沿った後、馬返から「いろは坂」に懸かる。登りになる第二いろは坂は明智平を経て、中禅寺温泉に至る。中禅寺温泉からは中禅寺湖北岸に沿って進む。今日はこの道を戻ってくることになる。竜頭の滝を迂回し、戦場ヶ原を一直線に抜け、9時45分着。再び光徳入口に立つ。
 少し国道を進み、逆川に架かる橋の手前から戦場ヶ原への散策路に入る。ここでも鹿除けよけのネットがあり、熊除けの鐘がある。無人の林に鐘を響かせる。ここも立派な木道が整備されている。尾瀬と日光の地理的な近さを思う。逆川は戦場ヶ原で湯ノ湖から流れる湯川に合流し、湯川は竜頭の滝を経て中禅寺湖に合流する。中禅寺湖から大谷川が流れ、途中華厳の滝を生み、さらに神橋の下を流れる。今市で鬼怒川に合流し、鬼怒川は茨城県下で利根川に合流、銚子から太平洋に注ぐことになる。晴行雨読~日本一巡~ の東関東・栃木、茨城、千葉の旅のモチーフはそういうことになる。その主旋律にさまざま副題が彩りを添えるようなものになっていってほしいものだ。
 戦場ヶ原は男体山噴火に伴う土石流が古い湯川を堰き止めて湖沼となり、さらに継続した噴出物が湖沼を埋め立てた。そこに生育した植物が泥炭として堆積し湿原となった旨の説明がされている。また環境省の署名のある立て看板に、なぜ「戦場」ヶ原と命名されているのか、という説明があった。曰く「へびとむかでの戦い」(*1) である。十分に栄養がある樹林帯が、湿原を囲んでいる。やがて木道は湿原に入ると見通しがきくようになり、男体山が眼前にある。頂上付近に雲があるが、頂上を隠すほどではない。尾瀬ヶ原の湿原から見た燧ケ岳と、奥日光戦場ヶ原越しの男体山の類似性を思われる。さらにそれぞれの山体の南側に広がる尾瀬沼と中禅寺湖にも思いを馳せる。一方尾瀬よりも日光のほうがアプローチのしやすさもあるためか軽装のグループにすれ違ったり、子ども連れも目立つ。尾瀬に子ども連れで、特に群馬県側からアプローチするのは大変だろうと思うが、その点日光は比較的気軽に体験できるだろう。逆川が湯川に落ち合う泉門池(いずみやどいけ)ではそのような小学生の遠足の一群とすれ違った。子どもづれのグループと前になったり後ろになったりして進む。
 茫洋とした湿原の景色に身を委ねしばらく進む。湯川は気の向くままに蛇行をしている風情で、木道に近づいたり離れたりする。湯川は釣りが許可されているらしく、その旨の掲示もされている。やがて湿原が果て、樹林のなかを湯川に沿った散策路となる。勾配が増してきたのか湯川に流れが強調され、早瀬の様子となり、段差が滝を生んでいる。竜頭の滝は古の男体山の土石流を湯川が突き破った箇所に架かるモニュメントなのであろう。そこに向けて徐々に湯川が表情を変えてくる。散策路から離れそんな早瀬の景を楽しみ、竜頭の滝の上部に到着する。竜頭の滝は湯川が中禅寺湖に向けて流下する一連の滝である。どの部分を好ましく感じるかは個人の嗜好によるのだろうが日本の滝百選の番外として訪れる。ここまでまた再び堪能したが既に12時。歩き始めて2時間余り経過したことになる。足尾までの道を思うとスピードアップが必要である。
 2万5000分の1地形図によれば、国道120号線と並行して山側に道があるようである。国道120号には歩道がないので、なおさら別の道を通りたい。中禅寺の金谷ホテルから分かれるようなので辿るが、どうも様子が異なる。早々に見切りをつけると、今度は国道と中禅寺湖の間に歩道がある。地形図にも部分部分記載されているので、この遊歩道を使うことにする。ところがこの遊歩道ですれ違うのは必ず外国人である。文化が違うのかも知れない。穏やかな湖面の風情はそれはそれで楽しめるが、せっかちな日本人として湖畔を散策することは興味をそそらないのかもしれない。半ば打ち捨てられたような湖畔の遊歩道を進んでいく。途中日光の植物(*2) と題された掲示板などが整備されていた。
 やがて散策路は二荒山神社に至る。ここで国道を北に渡り、神社にお参りする。神の御加護なのか朱塗りの山門や本殿と同じく、朱色の赤とんぼが私の指先に止まる。カメラをとりだすため少し時間が経ったはずだが、それでも居座る。吉兆なのであろうと解釈しておく。二荒山神社の御神体は、男体山の山体そのものであるので、登山にあたっては登拝の定め(*3) が掲示してある。また神社縁起(*4) も掲示してあったので、それを記す。既に昼食どきを過ぎているが、場所柄観光客向けの品揃えと値付けになっているのでまったくそそらない。釈然としない気持ちのまま、1時になり華厳の滝近くまで来てしまった。今日中に足尾を目指すため、通常の観光コースであるエレベータは使わず、上から滝を見る。エレベータを使わなければならない感覚を持っていたが、案外上からの景も楽しめた。ただ小学生以来何度も見ている滝であり、足尾へ気が急いていたので、三大名瀑の割には十分に向き合わなかったと反省している。

(2)華厳の滝から阿世潟峠越えと撤収
 戦場ヶ原を10時から歩き始めた。華厳滝を俯瞰して拝観した。時は1時半。もともとこの日は華厳の滝から足尾まで行く予定であったが1時間程度遅れている。本当に足尾まで行くのか決断すべき時に来ている。日光から足尾に行くには通常は国道122号線で日足トンネルを越えるルートであろう。国道122号線を足尾まで同じルートを往復するのはいかにも無駄である。そこで華厳の滝から中禅寺湖南岸から峠越えして足尾に行くルートを考えた。2万5000分の1地形図では阿世潟峠(あぜがたとうげ)を越えるのが最も高低差が少ないようである。阿世潟峠を越えてゆく山道も点線で表現されている。その道を下っていくと足尾銅山の本山抗のある谷筋に出ることになるので好都合だった。地形図上この表記の道は三平峠や奥鬼怒林道などと同様である。華厳の滝から足尾まで、これまでの実績を踏まえると4時間はかかりそうである。仮に2時に華厳の滝を離れるとすると足尾着推定6時。日の長い季節なので日没はしないが、しっかり足尾を見て回るのは今日は無理だろう。足尾の探索は次回送りにし、今回は足尾まで移動することだけを目的とするなら余裕はないがなんとかなりそうである。華厳の滝で中断し、ここから再度足尾を目指すより、今日足尾まで行ってしまったほうが今度の日程を考慮するのに楽ができるだろう、との考えもあった。
 中間での通過予定時刻をより過ぎているが、今日の最終到達点で帳尻をあわせる決断とした。次は昼食である。中禅寺湖周辺で食事ができるだろうと踏み、パックご飯は持ってきていなかった。中禅寺湖畔の飲食店は観光客向けの品揃えと値付けになっているのでまったくそそらない。釈然としない気持ちと先を焦る気持ちで華厳滝を拝観した。ここから先は足尾まで食事をとれそうな見込みがない。釈然としなくてもここで食事するしかないだろう。国道に面したありふれた食堂に入った。メニューは少し迷い、カルビ丼にした。かつ丼より少し安かった気がする。けれどお茶はセルフサービスだが飲み放題で、カルビ丼がでてくるまで3回ぐらいお茶のお代わりをして体を休めた。店を出たのは2時ちょうど。一路足尾を目指す。立木観音入口交差点を左に折れる。立木観音というのは中禅寺という寺院内にある観音堂のようである。ここに至って初めて中禅寺湖の名の由来に触れることができた。ここまで二荒山づくしなのだから、二荒山湖のほうがよっぱどふさわしい。中禅寺湖に名前を残す中禅寺門前町だが、メインルートから外れているため、めっきり車が通らないので閑散としている。
 中禅寺立木観音堂を臨む、中禅寺湖畔の歌が浜を越えると、車道から阿世潟に行く細道が分かれる。そして一般車通行止めの旨の表示とともにゲートが降りている。違法な釣り客に対するもののように推測したがよくわからない。例によって車道でなく、車のこない小道を歩くことにする。幾組かのグループとすれ違う。この先に旧イタリア大使館別荘記念公園(*5) があるということだ。現にここまでフランス大使館別荘が現存してあり、またイギリス大使館別荘跡も栃木県が譲り受け修復工事をしているようである。現にこの小道も外国人がジョギングをしている。お昼にとおった中禅寺湖北岸の遊歩道とは異なりどこまでも湖水に寄り添うわけではなく、南岸の湖畔遊歩道は湖水に近づいたり離れたり、また湖水レベルに降りたり上がったり、かなり趣きが異なっている。
 イタリア大使館別荘記念公園を過ぎると人影は疎らとなり、外国人男性のジョガーに追い抜かれたことと、山の格好をした日本人男性3人と行き違ったことだけだった。あとは建設途上の別荘が、シーズンオフのせいか戸締りされている別荘が点在しているだけで、原生林のなかを昇降し進む。時折垣間見る湖畔の浜は手つかずという言葉から得る印象そのままである。人跡の影さえない。とある立派な別荘を過ぎると、一層丈夫なゲートが閉まっており、舗装もなくなった。ここから先は別荘がないということなのだろう。湖水越しに男体山が見えるが午前中と異なり頂きは雲で隠されている。気が急いているにも関わらずしばらく待ってみたが、雲は動くが男体山頂は現れることはなかった。かなり歩いたのち、15時22分、阿世潟峠0.6kmと記された看板を見かける。さきほどの山の格好をした男たちはどこからきたのだろうか。ここで分岐し峠越えをすることになる。峠まではロープで目印をしていたり、階段状に登れるよう整備されている箇所もあり、比較的明るい無人の林間を峠にアタックする。15時39分阿世潟峠着(標高1,417m)。見晴が効くわけでないが、水を飲み息を整える。足尾への道を降りていく。
 ここまで尾瀬、日光の整備された登山道を歩いてきた。中禅寺湖の領域から外れるここからは通常の山道となる。そううすうす感じてきた。わずかな踏み分け道を下り、谷筋が上から見える場所まで来た。遥かに遠い感じがする。あと2時間で降り切れるだろうか。通行に支障がある箇所はピンクのテープで目印があり人跡未踏というわけではなさそうだ。あまり通行量がないのか踏み分け道が明瞭でないところもある。感覚を研ぎ澄まし降りてゆく。尾根から沢筋に降り、礫が大きくなる一方、せせらぎの音も聞こえてきた。すると両側から沢が迫り、踏み分け道がなくなり、急崖をなんとか降りる。落ち合った沢の左岸を進むか、右岸を進むかどちらにも痕跡がない。地形図を参考にするが、どちらも決め手にかける。一度左岸に渡渉したものの、右岸沿いの道と判断すべきと道を探す。例のピンクの目印があり通行実績のある山道と判明する。時刻は4時を回った。踏み分け道の筋は相変わらず頼りない。むくむくと引き返す選択が頭を占める。俺はサバイバルをするためにここに来ているのではない。既に違ったことになっている。俺は道なき道を歩むことに喜びを見出しに来たわけではない。あえて英語で表現すれば、It's not my business. 俺がすべきものではない。そこに気づけばもう引き返す選択を否定する材料はない。2時に華厳滝を出発し、そこから2時間。躊躇する時間はない。いまから引き返しても6時になる。終バスが残っているかは覚えていない。調べる時間ももったいない。しかし中禅寺湖まで戻ればなんらかの手立てはあるだろう。この山中で時間切れになれば選択肢はない。広げに広げた絵巻物を巻き戻すように引き返す。やはり行きとは違う道に迷いこみ、本来来た道まで、駆け上ることで戻った箇所もあった。失敗をしたが、引き返すことは正しい選択をしたとの感を強くする。
 ふたたび足尾の山々を見晴るかす場所に来、再来は五分五分との感を抱いて先を急ぐ。峠で小休止ののち、階段状の道を降りていく。ひとの気配はまったくない。念のため熊に出会わないために、一歩一歩踏み出す度に大声を張り上げて気合を入れてみる。ここには俺しかいないことを実感する。阿世潟の分岐まで下る。行きは先を急ぐあまり、その手つかずの浜には行っていない。分岐点は林のなかにあったのだ。湖水まで下り安心の気分が勝ったのか林間を抜けて浜に出る。ゆるやかにグラデーションのある水面と、わずかな寄せ波引き波が起こすさざ波の音色に満ちていた。夕闇が迫っていることが分かった。長居はできないがせっかく味わえる機会を無為にはできなかった。一期一会の光景といえるだろう。もうひとつ一期一会があった。イタリア大使館記念公園付近まで戻ってきたところ、道に鹿がいる。公園は既に閉園しているので彼女としては経験則に反したことだったろう。軽やかに林のなかに逃げ去り私を見た。彼女が立っている場所の樹冠が薄いのか、そこだけ妙に明るい。近くに小鹿もいるようだ。カメラを取り出したが、特に逃げずにいた。しばらく一期一会となる鹿の親子を目に焼き付けた。
 まだ夕方の日は残っているが人影の疎らな中禅寺門前町を急ぎ足で歩き、中禅寺温泉バス停には6時16分に着いた。車のライトが少しまぶしく感じられる。あまり待つこともなく今シーズン3度目となるいろは坂に向けて出発した。定刻6時20分発のところ22分発だった。



■晴行雨読の話
■日本一巡の話
水系の話
■目的地の話
 >>伝統的建造物群保存地区
 >>日本百名橋
 >>日本の滝百選
 >>スペシャル
 >>四国遍路八十八箇所

2015/8/19
 09:49 光徳入口バス停
 10:23 泉門池(いずみやどいけ)
 11:40 竜頭の滝
 13:00 二荒山神社中宮祠
 13:35 華厳の滝
 14:00 昼食後出発
 14:39 砥沢(イタリア大使館別荘記念公園)
 15:22 阿世潟
 15:39 阿世潟峠着
 15:46 阿世潟峠発
 16:15 撤退
 16:43 阿世潟峠
 17:04 阿世潟
 18:16 中禅寺温泉バスターミナル


歩行距離:
10km(戦場ヶ原-華厳の滝・推定)
15km(華厳の滝=阿世潟峠下往復・推定)