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天正十三年(1585)
(西日本)
九州・四国・中国それぞれに戦国の頂点を迎えた。
九州は石高では三分されたが勢いは島津氏にある。
長宗我部氏はこの年四国統一するが、同年織田に屈し、土佐一国を安堵される。
中国は秀吉に近い毛利氏が臣従する。中国地方の太守とはいえ、
勝家を下し、家康を封じた秀吉に対抗するには既に実力が開きすぎた。
(中央)
備中から能登・尾張まで圧倒的といえる勢力を築いた。
これはカルトグラムにしてみると良くわかると思う。
既に秀吉以外の勢力が一致団結して当らない限り、対抗できないことがわかる。
これ以後四国平定、九州平定、関東・奥州平定と進むが、各個撃破されては秀吉の天下は揺るぎない。
(東日本)
小牧・長久手ではよく家康は引き分けにしたとさえ思える。当時の尾張は信雄領だったにしても。
もちろん信雄(尾張)が秀吉方につけば、それだけで家康領の石高に匹敵しかねない。
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